世界の一流香水メゾンには、それぞれブランドを代表する香りというものがあります。

シャネルに5番があるように、エルメスにカレーシュがあるように、ランコムにトレゾァがあるように。

フランス香水界きっての老舗ブランド、あのゲランにも伝説の香りが存在します。

それが、今回ご紹介する「MITSUKO(ミツコ)」です。

2019年、「MITSUKO(ミツコ)」は誕生100周年を迎えました。

「100周年 アニバーサリー エディション」として、全世界でこの香りを記念する限定ボトルが登場しましたが、100年も変わらず愛される香水はなかなか無いものです。

第一次世界大戦が終わった頃に発売されたのですから、世界の歴史とともに、たくさんの人の人生にこの香りが関わってきたのでしょう。

そんな「MITSUKO(ミツコ)」の物語と、香りの秘密をここでご紹介していきたいと思います。

なぜフランスの香水メゾンが日本名を?ジャポニズムが座巻した当時のヨーロッパ

まず疑問として、なぜフランスの香水メゾンが100年も前に日本女性の名を香水に授けたのか?ということが浮かびあがってきます。

実は、発表年の1919年は、ちょうど第一次世界大戦が終盤を迎えた時期で、女性は社会へ進出し、地位や自由を獲得したタイミングでした。

同時に、フランスでは“ジャポニズム”が大流行。

歌麿、北斎といった日本の浮世絵はとりわけ人気で、プッチーニの『蝶々夫人』やモネ、ゴッホの油絵作品などを通じて、ジャポニズムが本格的に広まっていった時期だったのです。

今でも浮世絵は一大芸術作品として認められており、パリの美術館はおろか、ロンドンの大英博物館までもが特別展を開くほど。

そして当時、ゲランの調香師だったジャック・ゲランは、芸術家たちと親交がありました。仲間の中には、ジャポニズム流行のきっかけを作ったモネの存在も。

彼らとの交流を通して、日本に興味を持ったゲラン氏は友人からある小説をプレゼントされるのです。

その小説とは、クロード・ファレールの『ラ・バタイユ』。

日露戦争のさなか、イギリス人将校と日本女性の“不倫の末の禁じられた恋”を描いた物語です。

その登場人物こそが「MITSUKO(ミツコ)」。

最終的に将校と彼女の夫は戦死し、ミツコ氏は京都の尼寺で尼僧となります。

西欧と日本のあいだで複雑な感情を抱き、翻弄されたミステリアスな女性、ミツコがジャック・ゲランの印象に残り、香水化されたのです。

香水に世界で初めて「ピーチ」を使用したフルーティーな香り

MITSUKO(ミツコ)オードパルファム

トップノート:マンダリン、ベルガモット、ネロリ、レモン

ミドルノート:ライラック、ピーチ、ジャスミン、イランイラン、ローズ、クローブ

ラストノート:アンバー、シナモン、ベチバー、オークモス、パチョリ、ブラックペッパー、シダー、アンバーグリス、ベンゾイン、ムスク、サンダルウッド、ミルラ

発表年:1919年

調香師:ジャック・ゲラン

対象性別:女性

結論から申し上げますと、「MITSUKO(ミツコ)」はとてもミステリアスな香りです。

ただ、そのミステリアスさは、香水にとって非常に大切な要素です。

昨今の香りがミステリアスさを追及しているのに対して、「MITSUKO(ミツコ)」は100年以上も前にその名前、コンセプトから「神秘性」を漂わせ、西欧の人々の興味を引いたのです。

まず、トップノートのベルガモットはゲラン香水で共通している「開幕の香り」なのですが、「弾けるようなシトラス」というよりは、恍惚感を表すような、将校がミツコ氏に一目惚れした時のような、麗しさが伝わってくる香りです。

将校はミツコ氏のエキゾチックな姿に見入ってしまうのですが、やがてその桃のような見た目麗しい女性にすっかり虜になってしまいます。

「MITSUKO(ミツコ)」トップノートは、そんな「桃」を盛り上げる秀逸なサポーターとなっているのです。

そしてミドルノート。

ミツコ氏の白い肌、輝くような黒髪。側にいた将校の胸は高鳴り、桃の香りにも似た彼女の魅力に憑りつかれてしまうのです。

ジャスミン、ローズといった高貴な香りも相混じり、「高嶺の花」とでも言うべきか、一筋縄ではいかない手ごわさも感じます。

そう、ここで香水は初めて「人格」を持ったのです。

それは現在のゲランにある、一種の「気品」「敷居の高さ」にも共通しています。

香料だけ見ると珍しいことはないのですが、1919年という時代、そしてジャック・ゲラン氏の「東洋神秘論」に基づく調香が、ますますこの香りを格式高いものにしているのです。

ラストノートも素晴らしく、複雑に調香された香りの数々が「MITSUKO(ミツコ)」を最高にミステリアスな存在に仕上げています。

象徴的なピーチの香りと、官能的なラストノート。

次はどうなるの?といった物語の展開に照らし合わせるように、その香りは重厚に変化していきます。

「甘い、でも苦くて辛い」

そういった道ならぬ恋の情景が、まざまざと浮かんでくるようです。

最終的にハッピーエンドとはならないのですが、悲劇の方が心に残ることもあります。

そして霧のように終わる「MITSUKO(ミツコ)」。

これだけで小説を1冊読み終えたかのように、大変な満足感を味わえる稀有な1本です。

情緒的で、ミステリアスで古風で、他の何にも似ていない香り。

「名香」と呼ばれるにふさわしいフレグランスです。

凛とした香りは大人の女性のために。次世代に語り継ぐべき香水

「MITSUKO(ミツコ)」は場所で例えるなら「迎賓館」、と言えるかもしれません。

大正ロマンのような、かつての日本女性が西洋のドレスを身にまとっていた頃のような、懐かしさと気品を感じ取ることができます。

そのため、大人の女性にはパーフェクトにお似合いになるでしょう。

そして「MITSUKO(ミツコ)」は服で隠れる場所に着けてこそ「MITSUKO(ミツコ)」となります。

日本の恥じらい、感情を表に出さない文化、察しの文化など、「しまっておく」ことがこの香りには似合うのです。

もちろん品格もあります。ただ、ゴージャスさとは違いますので、あくまで「控えめに」「ほんの少し」着けていただくのがおすすめ。

年齢はおのずと大人向け、となるのですが、若い女性もお似合いになる方はいらっしゃると思います。

特筆するのであれば、黒髪の女性にとてもしっくりくる香りです。

しかし、想像上の人物とはいえこれほど一人の女性を豊かに、そして神秘的に描いた香水もなかなかありません。

ただ、このオリジナル性こそが「名香」と言われる所以。

古き良き時代のクラシックな香りではありますが、着けるたびに気持ちは「凛」となり、背筋が伸びていくようです。

きっと、「MITSUKO(ミツコ)」はこれからも語り継がれ、守られていく香りとなるのでしょう。

ストーリー性、まとう人が抱く感情、香りの素晴らしさ。

全てにおいてゲランの「最高傑作」と言える1本です。

まとめ

香水が生まれる背景には、社会情勢、文化がもちろん関係しています。

激動の20世紀初頭に誕生した「MITSUKO(ミツコ)」にも、その時代の香りがたっぷりと詰まっています。

一人の男性を虜にしてしまったミステリアスな日本女性、ミツコのたおやかさ、強さには同じ女性としても心惹かれるものがあります。

一流香水メゾンが誇るフレグランスで、香り生活をより豊かなものにしてみてくださいね。